生野銀山の城下町「口銀谷(くちがなや)」の産業遺産|兵庫県|トラベルjp 旅行ガイド

天文11年(1542年)に銀鉱脈が発見され、その後信長・秀吉の直轄時代を経て、江戸時代には家康が銀山奉行を設置した生野銀山。佐渡金山、石見銀山と並んで江戸幕府の財政を支えました。その生野銀山を管理する役所が置かれ、商人が多く住んだ、生野銀山の城下町とも言われているのが「口銀谷(くちがなや)」です。鉱山業者の町を意味し、今でもその歴史を垣間見ることができる遺物が多く残されています。
情報元サイト:「トラベルjp<たびねす>」
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